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◇高が歯医者の戯言◇

増大する医療費の削減は急務である。
未だに新聞等の論調は、この様なものであるし、それは政府やお役所の方針に沿ったものである。本格的な超高齢化社会に突入し、医療や介護、年金をひっくるめて抑制しようというのだから、其処彼処に皺寄せが来る。
就中歯科医療に対する削減圧力は相当なもので、質を担保することは困難であり、様々な制約の下、患者と医療者の契約に依る自由な裁量権などというものは認められなくなって来ている。EBM(根拠に基づく医療)と言っても、主観を排し、自由な選択が認められなくなるだけでは、単に医療費の削減に用いられるのみに為りかねない。(本来EBMは第三者の削減圧力に抗う為にもある筈だが。)
兎に角このまま更なる管理・統制が続けば、歯科診療所の維持・運営が可能か否かの問題以前に、患者を前にして、必要な診療が行えるかどうかも疑わしい。

最早自由診療に活路を見出す他は無いのであろうか。私にしたって、なにも保険診療原理主義者では無いし、メソジスト(形式主義者)でも無い。
ただ自由診療を拡大するのはよいが、そこに民間保険が入ってしまえば、凄絶な削減圧力に晒されることになる。補綴部門だけでは、なかなか機能もしないと考えられるが、問題なのは定期健診や予防・メインテナンスが格安のサービスとして組み合わさった時である。とっくの昔に保険会社は想定してるであろうが、これに依って「公民二階建て」が完成する。例えばであるが、歯冠周囲炎や歯肉膿瘍など緊急性を認める「ベーシックな医療」のみ公的保険に残し、残りの部分である「上と下」が民間保険の適応になるとどうなるか。補綴処置に関しては強烈な干渉を受けるのに論は俟たない。結局民間保険の範疇では、憧れの彼の国の如く定期健診と口腔清掃が大部分を占め、縮小された公的保険で給付限度までの処置を行うことになる。これもまた患者と医療者の自由裁量権への侵害を惹起させる。
そう簡単に事が進まないとも思われるが、大企業の健保組合は必ずこの話に乗ってくる。ただでさえ保険者の直接契約に依る「医療機関の囲い込み」が危惧されているのに、圧力が倍増することに間違いは無かろう。

また民間保険の適応を受けることの出来ない高齢者や低所得者はどうなるのか。高齢者に関しては限りなく人頭制に近づくであろうし、低所得者には「医療扶助」という話が出て来る。要するに「諦めてしまった人々には、ほどほどの医療を。」となるが、これもまた何処かの国の話である。この辺りで出て来る「医療扶助」というのは、まさに誰かの思う壺なのである。余りにも馬鹿馬鹿しい話なので、くどくど述べないが、セーフティーネットを張る位置に就いて考えてみるのが肝要だと思う。

※以上述べたことから落とし所を見つけるというのも、恐らくは最悪の話で、公的な歯科保険診療費が大幅に削減された上で、二重三重の圧力が加わると考えられる。


結局のところ、これらとは全く別のものを模索しなければならない。第三の道を
進まねばならないのである。それにはどうするか?
先に述べていた話には、いずれも患者・国民の視点が全く入っていない。情報化社会とは言うが、余程注意していないと、力の強い者が一方的に自らの好都合な情報を垂れ流すことになる。「巧言徳を乱る」である。
従って我々が可也の部分を曝け出してでも、患者・国民に問うしか無いのである。私が「患者とともに」と考えるのは、もうそれしか残されていないと思うからである。
然し何も「迎合」しろとは言っていない。「迎合」することは個人レベルにおいても集団レベルにおいても禁物である。そこから良きものは何も生まれない。更に言えば、「時代の流れ」や「世の流れ」なるものに対しても決して迎合してはならないのである。これは実は「世の気分」とも換言出来るし、為政者がそれを醸成することも可能なのだから。落ち着いて考えてみれば、いつの世においても、過去が語り、未来が問うているのである。「世の流れ」として思考停止してしまえば、確かに楽であろうし、責任も転嫁出来る。然しそれこそ恥ずべきことであろうし、万死に値すると言えるのではあるまいか。

by Zep-


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