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日本の医療に未来はあるか
〜今、主題化すべきこと〜

高田真行

日本の医療が、これから先長い時間の経過の中で、崩壊への道を辿ることは まず間違いなさそうだという危惧の念が、医療社会を覆いつつあります。

そして、この事態をそれはそれとして厳しく受け止めた上で、今ここでとくに 問題にしたいのは、そういった予測に立つ方々の大多数が、医療崩壊の要因 として、日本及び日本の医療社会をとりまく財政的、経済的状況や医師教育 養成制度を含めた諸制度など、もっぱら「外在的」な要因を取り上げるにとどまって いるということです。ここ数年の医療現場での実感に基づいて判断する限り、 問題はそんなに単純ではありません。

実際には、この日本の社会に住む個々の生活者(医療者、患者さん、市民の 皆さんを指しています)に「内在」する考え方や習慣や価値観、さらには権利意識 にまで及ぶ諸要因が、近ー現代社会の熟成とともに、大きな変容をとげ、それらと 複雑に絡み合いながら、医療は崩壊に向かいつつあるというのが本当のところです。 そういったわけで、これが原因でこういう結果になる、例えば総医療費の抑制が 医療を崩壊させる、或いは政治的・経済的思案からの混合診療導入がアメリカ型 の破錠した医療を招来する、研修医制度がいい加減だからまともな医師が育たない し不足する、といった類のありきたりの一元的な因果論理で崩壊の態様を分析・ 予測し、ちょっと見には合理的な政策対応で事足れりとすることは、この問題への アプローチとしてお手軽過ぎると思います。

今問題なのは、崩壊への底流となって崩壊を推し進めている、上に申し述べた 内在的な諸要因に、医療社会で肝要な立場に立っている方達をはじめ、社会の 誰も(一般市民、マスメディア、法曹界のいずれも)気づいていないか、気づかない 振りをしていることなのだと思います。

そしてこのままでは出口の見えない現況の上に立って考える時、肝心なことは 、医療はなぜ崩壊に向かいつつあるのか。崩壊はだれにとって、どうまずいのか、 それとも医療なんてどうなろうが一向にかまわないのか、といった今迄とかくそこ から目を逸らされていた問いを、誰もが気づくよう明確に主題化して、一人一人が 生活者の立場に身をおいて、自らに内在する諸要因にいやでも思慮をめぐらさざる を得ない状況を作り出すことなのでしょう。それしかありません。

ですから、近頃の私は「オレの知ったことか」という江戸前の啖呵の一つも切って、 傍観するのも、日本の生活者の皆さんが原点に立ち返るのを促すための、苦渋 に満ちた一つの選択肢かもしれない、なんて思っています。

昨今しきりに取り上げられる、日本に於ける人口減少、少子高齢化現象について、 先だって、評論家の小浜逸郎氏が新聞紙上で論じていました。彼の言うところに よれば、これも又(医療崩壊以上に)外在的、内在的なもろもろの多元的な要因 が複雑に絡んではいるものの、その根っこのところを辿っていけば、結局のところ 個人の自由恋愛の意思が一般化し「好きだからこそ結婚する」というモチベーション が過剰になって、かつて存在した習慣や規範が崩れ去り、未婚晩婚化現象が 起こったことに、大きく由来している、ということになるようです。 納得のいく話です。

個人の自由の拡大という、近代以来の人間社会の一つの達成が、それに伴うはずの責任とか、その意味に対する眼差しを抜きにして、過剰に発揮された結果、 それがあだになって、人間社会にとって大変不都合な?事態を招き寄せてしまった とすれば、これはまことに皮肉な現象のひとつですが、人間という生物種の身から 出た錆と言えば、言えないことはありません。

 今、日本の医療当事者の間でイデオロギー化しつつある(と私は思うのですが) 自己決定、自己責任という規範も、個人主義や自由主義と共に、人類が長い間 かかって獲得した一つの大きな達成には間違いないのですが、昨今の医療現場 と医療当事者(患者さん、医療者の双方を指してます!)の実態に徴する限り、 これらに対する過剰なまでのこだわりが、医療者の核心としてなくてはならない 「他者」への配慮を忘れさせ。「適当なところで手を打つ」という人間社会の運営 にとってとりわけ大事な節度というものを失わせて、とどのつまりは医療の崩壊を 招く根源的な要因になりつつある、いや、すでになっている、といっても決して 過言ではないでしょう。

人口減少社会到来の道筋と、どこか似ているところがあって、悲しいですね。  人間社会そのものの崩壊にも繋がりかねない人口減少と医療崩壊の主な要因 が、こうでもあるにもかかわらず、現実にはいずれに対しても、安易な政策的発想 だけが先行し、それでもお茶を濁しているのがもう一つの大きな問題です。 このことは少子化問題のイロハもお分かりになっていないわが国の大臣が発想した (というよりはフランスのそれを模倣した?)「出産・育児に関わる援助金」政策 のバカバカしさ(政府が出産と育児に金を出してくれるなら早く相手を見つけて子供 を産もうなんて発想する人がいるのだろうか、と小浜氏は喝破しています)をみても 明らかでしょう。同じように、医療の世界でも。よく取り沙汰される施策である総医療費の増額は、医療従事者の数の増大によって医療安全を向上させるという限定的な効果はあるものの(これも、もちろん大切なことですが)、医療崩壊を阻止する為 の決定的な一打とはなり得ません。これは上に繰り返し申し述べた崩壊の諸原因に照らし見れば明らかですよね。

総医療費の枠が広がったからといって、医師の使命感や志が急に高揚するとは思えませんし、医師の頭数が増えたって、一人一人の医師のアヴェイラビリティが悪けりゃ、何の足しにもなりません。又当然のことですが、この施策によって、患者さんの突出した権利意識や個人主義が節度を持ったものに変わるわけでもありません。

この政策的処置を過大評価することによって、ここで取りあげた医療崩壊にとって より根源的な論点が背後に押しやられて、今後とも引き続き見落とされるなんてことになれば、むしろマイナス・キックにもなりかねません。

結局のところ、社会の成員である国民が今はまだ深刻にとらえていない、こういった 人間社会の変容や、崩壊を、その内在的な要因と共に、実際に肌で感じるような 事態に立ちいってその上で、それへの対応の難しさをシッカリ思いしることから再出発するしかないかもしれません。人間は所詮それほど賢い生き物ではないですから。



印刷しやすいようにPDFファイルにしました。








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Last-modified: 2007-06-06 (水) 08:06:04 (4859d)